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墨染寺

この春は仕事は落ち着いているのですが色々と他の活動で忙しくて、いつもの面子で花見も行えないなぁと思いまして、個人的に花を愛でて参りました。京阪沿線に住んでいながらあまり京都へのアクセスしてなかったこともあり、まだ参拝していなかった墨染寺にいってきました。こちらは、寺創設に関わる墨染桜があります。
東方Project作品では、東方妖々夢の中で出て来ますね。三年前には下記のように桜の時期に大阪の弘川寺を参拝いたしました。
■[史跡] 東方妖々夢@大阪河南町
http://d.hatena.ne.jp/rosseta/20090404/1239040215


最寄の駅は京阪墨染駅です。


そこからすぐそばの墨染橋を渡ります。


この豊かな水量をたたえる琵琶湖疏水のこの南側のすぐ先には関西電力の墨染発電所があるそうです。大正に完成した発電所だそうでして、琵琶湖疏水に関連する3発電所の中では蹴上発電所に次ぐ発電量だそうです。その発電所近くにはインクラインの跡もあるのだとか。


墨染寺(ぼくせんじ)の正面です。門の向こうに桜の鮮やかな桜色が輝いて見えますね。

この墨染寺は、平安時代清和天皇の命により藤原良房が建立した貞観寺が前身だと言われています。


そののちに同じく平安時代太政大臣だった藤原基経はこの地に葬られたそうです。その友の死を悼んだ歌人上野岑雄は、咲き誇る桜に向って次の歌を詠んだといいます。


 「深草の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染に咲け」
                        <古今集和歌集収録>


今年だけは喪に服して墨染に咲いてくれないだろうか?という友の死を悼む歌ですね。そうすると、墨染色の桜が咲くようになったといいます。
また、その後、何度か荒廃や復興を繰り返したそうです。安土・桃山期には豊臣秀吉による土地寄進により再び建立され、「法華本宗・墨染桜寺(ぼくせんおうじ)」としたそうです。


さて、こちらの境内に咲いている桜は墨染桜ではなく、おそらく染井吉野でしょうか?春の陽気に誘われて咲き誇っています。



こちらが墨染桜です。現在は三代目だそうでして、まだ若木でしたが、これからすくすくと成長してくれるのでしょう。


墨染桜は咲くのが遅く、染井吉野の開花時期に比べても、まだこの時点で一分咲きでした。でも、可愛く一輪、二輪の花が顔をのぞかせていましたね。春は始まったのにお寝坊さんのような:-)



確かに周囲で咲いている染井吉野と比較しても、ピンク色の色合いが薄く、墨ば混じっているように見えますね。


この日は朝早く訪れたのですが、桜寺ともいわれる墨染寺だけあって、観光客の方々や桜目当てのカメラマンの方々など多く参拝されていました。
撮影するのを忘れていたのですが、屋根の鬼瓦などの装飾に「桜」の文字が使われているそうです。


本堂の扁額は、この写真ですと、手前は「鬼子母神」、奥には「桜寺」と掲げられています。


こちらの山門の瓦にも「桜」の文字がありますね。


こちらの「墨染井」と彫られた御手洗鉢は、江戸期の歌舞伎役者二代目中村歌右衛門が寄進したものだそうです。


平安期から安土桃山、江戸、そして現代と長く愛されてきたんですね。来年はまた時期を合わせて訪れたいと思います。