東方星蓮船@大阪府都島&奈良県信貴山

■舞台を訪れる際の注意



舞台になった場所に行き、登場人物の言動に思いを馳せるのが醍醐味だと思います(^-^) でも、その場所は普通の生活地域になりますので、公序良俗に反しないように行動はくれぐれも慎んで、常識を持って楽しんでください。 特に、その場所で騒がない、壊さない、汚さないは守りましょう(^o^) よろしくお願いいたしますm(__)m
当ブログでの舞台探訪のポリシーはこちらになります。


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舞台探訪日:2010年1月30日、2月11日、13日

●最初に

東方星蓮船(とうほうせいれんせん)は、弾幕シューティングゲームで、東方Projectシリーズの第12作目になります。
シューティングゲームとはいえ、各地の伝説や歴史などを巧みに取り入れて作品や登場人物を形作っています。本作品では、関西のいくつかの伝説が出展となっています。


さて、東方Projectシリーズの主人公の二人、霊夢魔理沙が、空飛ぶという宝船の噂話を聞いたところから物語が始まっています。次の引用は、“東方星蓮船の手引き”内のバックストーリーになります。今回は、東方風神録に登場した守屋神社の巫女、東風谷早苗もプレイヤーキャラとして参戦します。さてどうなることでしょうか?

幻想的な弾幕物体
 東方星蓮船 〜 Undefined Fantastic Object.


土はぬかるみ、氷で覆われた大地から有象無象が目覚める。
  幻想郷を覆った僅かな雪は、この冬目覚めた地霊達を封じ込め、
 さらに妖精達の動きを鈍らせるのに十分だった。その穏やかな眠り
 の季節も終わりを告げようとしている。

  博麗神社。人里離れた辺境の地に建つ神社である。
  博麗神社の巫女、博麗霊夢は森に住む魔法使いから不思議な噂を耳にした。
  その噂とは、雲の切れ目に不思議な船が空を飛んでいるのが目撃されている、と言うことだった。その船は何かを探すかのように雲の間を回遊しているらしい。


  魔理沙「……その船は七福神を乗せた宝船で、
      捕まえたら一生不自由しないって噂だぜ。
      だから欲深き者から逃げ回っているんだとさ」


  霊夢 「そんな馬鹿みたいな噂を信じているの?」


 森に住む魔法使い、霧雨魔理沙は眉をひそめた。


  魔理沙「信じている訳無いだろ?
      そんな船が空を飛んでいるのなら神社からでもすぐに見
      つかる筈だしな」


  霊夢 「宝船ねぇ」


<中略>


  早苗 「大した用では無いんですけど……。
      霊夢さんは空に浮かぶ船を見かけていませんか?
      私はてっきり、もう動き始めてるかと思ったのですが」


 霊夢魔理沙は顔を見合わせた。


  霊夢 「空に浮かぶ船だって!?」


  早苗 「私はその船にちょっと用事がありまして、少しでも情報
      を集めようと……」


  霊夢 「え? ちょっ」


  魔理沙「空飛ぶ船の話って本当だったのか?」


  早苗 「え? 知らなかったんですか?
      ほら、あんなに目立っているというのに」


 早苗は何をいまさらといった表情で空を指さした。


 霊夢魔理沙の二人はつられて上を向く。
 そこには、見たこともない大きな黒い影が雲の間に消えようとしていた。
 船の影で青空が薄まり、心なしか雲が紫色に見えた。


※“東方星蓮船の手引き”内のバックストーリーより一部引用


以降では、EXボスキャラの“封獣ぬえ”について、鵺塚に。そして、この作品の中心となっている伝説の舞台、信貴山へと向かいます。


●鵺塚@大阪都

まず、東方星蓮船のEXボスキャラの封獣ぬえにちなんで、大阪都島区の鵺塚(ぬえづか)に行って参りました。
訪れたのは一月の最後でしたが、いろいろ仕事で死んでいたのでレポは遅くなっています(^_^;; 私の住んでいる大阪からアクセスしやすいというのもあり、こちらを先に訪問しました。


鵺(ぬえ)とは、平安時代後期に平安京に出現した化け物で、様々な動物が合成したような化け物です。よく言われているのが、猿の顔、胴体は狸、虎の手足で、尾は蛇という化け物ですが、文献によっては変わっていたりするので、実際は正体不明ってところのようですね。
時の天皇に命じられた源頼政に退治されたわけですが、忌むべきものとして洛中には葬らずに、死体を船に入れ鴨川に流したというわけです。ちゃんと葬れよ!って感じですがw

そして、鴨川から淀川下流の現在の大阪市都島区に辿り着いたそうで、住民の方は大慌てで、最終的に塚を作って懇ろにまつったのだとか。他説では芦屋浜や、京都清水寺などなど諸説あるそうですね。
個人的には淀川下流が自然なような気がします^^ あと、別の理由もあるので、それは後述で:-)

東方星蓮船では、未確認飛行物体が作品のテーマとなっていますが、その秘密の一端を担っているのが、EXボスの封獣ぬえです。彼女自身も言うには、正体不明だから鵺って言うのって感じで、伝説に基づいていて、実際退治されたのかどうかもわからないような感じですねw


個人的な話ですが、封獣ぬえって最初はセーラー服の冬服を着ているもんだと勘違いしていましたw ムラサ船長がセーラー服(夏服)を着ているからw
まぁ見事にだまされたわけで、さすが正体不明!?w


こちらは封獣ぬえのテーマ“平安のエイリアン”のヴォーカルアレンジ曲“Floating Darkness”(サークルTatshMusicCircle)になります。原曲中のぬえの正体不明加減さがよくでていますね(^^)
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そして、ヴォーカルアレンジ曲【神楽】(サークル Liz Triangle)になります。和風の三味線のメロディが楽しさを醸し出していますが、その中には正体不明さの怪しさもあってよいですね(^-^b
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さて、探訪ですよ〜
まず、大阪からです〜マンホールの蓋は大阪城です。
そういえば、私が始めて触れた鵺が出てくる作品は戦国ソーサリアンでしたw 鵺が秀吉に化けていたんだったかな?(^^)…知らない人が多数でしょうねぇ(苦笑)


鵺塚の最寄駅は、地下鉄谷町線の都島駅になります。徒歩1分で桜通商店街に辿り着きます。大阪府下のよくある商店街ですね。こういう場所にあるのか?と半信半疑です(^^;


さて、商店街の中ほどから、東抜けると、祠のようなものが見えました。
ここだけ、ちょっと雰囲気が違いますね。鵺塚になります。
周囲の樹木も年代を感じさせてくれます。


続きます。

鵺塚と刻まれています。何度か改修されたそうで、明治にできたものが今に伝わっているそうです。祠は昭和期に住民の方によって造営されたそうですよ。地元の方も愛されていますね〜


鵺塚についての説明です。淀川はその昔今のようなまっすぐではなくて(江戸期に改修された)、大阪城の方に流れていたわけで、こちらに漂着したという伝説も頷けますね。


そして、大阪港の紋章にも、ゆかりがある強力な化け物として、使われています(^-^b 発想が凄いものですね:-)


んで、帰り際に気づいたのですが、商店街にはこのように垂れ幕があります。…あ、鵺がいる!w


都島区は、鵺をこのように今風に言うと、ゆるキャラとしてシンボル図案につかっていますw
平安時代の人から見ると、大胆すぎますね!まぁ日本人はどのような怖い存在も、ちゃんと祭ってあげれば、見返りをくれるんじゃね?という発想も持ちますので、最終的にこのようになるのはある意味自明なのか?w


そういえば、京橋駅でも見かけたことありましたw
化け物を可愛くして地域のシンボルとして使っているのは面白いものですね:-) 地域に根付いた伝説の化け物として、愛されているんだなぁって思いましたし、鵺を美少女化した東方も突飛もないわけでもないなとも納得しました(^-^)


ゲーム本編のEXステージとは異なり、これはウォームアップに過ぎなかったわけで、南下して信貴山へ向かいます(^^)



●飛倉伝説@奈良信貴山



そして、物語のメインストーリーに関わってくる信貴山縁起絵巻の伝説の舞台と赴きました。
先に鵺塚を行きましたので夕方になり時間も押してきましたが、どこまで回れるか、南無三っ!(^-^b


信貴山大阪府奈良県の県境になっている生駒山地の南端にあります。昔は摂津の国に含まれていたので大阪でしたが、今では奈良県平群町にあります。
そして、聖徳太子の時代から聖なる山として古来より参拝されていました。その詳細は後ほど(^^)


信貴山 朝護孫子寺

私は高速道路の香芝ICから北上して信貴山に向かいました。近辺には法隆寺などの有名の寺院も多くあります。観光バスのツアーでも訪れることが出来ますのでそちらの活用もお勧めです。


山門になります。古来はこちらからお寺に入っていきました。


山門付近から本堂を眺めた風景になります。


こちらは観光用の駐車場からお寺に向かうルートで、開運橋という橋を渡ります。この橋事態が昭和六年製でして登録有形文化財だそうですよ。


毘沙門天の由来がかかれています。信貴山は日本で最初に毘沙門天が、聖徳太子の求めに応じて顕現した聖地だそうです。その出現した時が、寅の年、寅の日、寅の時だったことから、寅が縁起のある動物になっています。このとき出現した毘沙門天より戦勝の秘法を教わり、劣勢だった戦いに勝利し物部守屋を中心とする物部氏を滅ぼして、仏教を国の宗教に据えることができたそうです。その際に、“信ずべし、貴ぶべき山”とのことから、“信貴山”と名が付き、寺院が建てられたそうです。

また、この時敗れた物部守屋の次男が諏訪地方に落ち延び、守屋山に篭ったという伝説もあるそうです。諏訪地方には、守矢神社もあり、音も同じ事から何かしらの縁があったのではないかとも想像することが出来ます。
つまり、守矢神社の巫女である東風谷早苗が自機プレイキャラになったということは、信貴山にゆかりのある本作の聖白蓮に対して、大きな意味合いで意趣返しを行ったのではないか?とも思えますね:-) 確かに、早苗さんでプレイして聖白蓮と相対する時には、相容れない原理主義同士に近いものを感じ取ることが会話の中からできましたw


こちらは、信貴山の地図になります。朝護孫子寺の他にも寺院がたくさんあります。古代に一番隆盛を誇っていた頃は六十数の僧坊が存在していたそうです。



信貴山のシンボルともいえる、世界一の福寅です。乗ってはいけませんw
今年のゆく年くる年でも出てきたので覚えがある方が多いのではないでしょうか(^^)



こちらはミニ福寅です。こちらも乗ってはいけませんが、子供がつい乗りたがっているのを何度も目にしましたw


寅の置物や、毘沙門天のお札までいろいろあります。


お札など売っている売り場に、お稚児さんの写真がありました。なんとなく寅丸星(とらまるしょう)を彷彿させてくれる様な(^-^) 可愛いですねー!w 先ほどの福寅とお稚児さんのイメージを合わせると、寅丸星のように思えました。
確かに毘沙門天が信仰を集めるのですが、一般大衆には福寅が信仰を代理で集めているようにも思え、作中の寅丸星の台詞を思い出せますね(^-^)


作中では、毘沙門天の弟子を名乗っている寅丸星だけあり、武神毘沙門天の名に恥じぬくらいに、最終面の前に立ちふさがってきますね。まぁ立ちふさがるというよりも、プレイヤが協力してくれればいいのだけど、戦ってもいいよ程度の余裕を感じます。また、毘沙門天は右手に如意宝珠の棒、左手に宝塔を持っていますが、寅丸星は逆の手に持っていますね。でも、宝塔を無くしてしまい、配下のナズーリンに探させていたようですね、大切なものを無くす程度の能力w
ちなみに、宝塔も如意宝珠の棒も福徳が得られる宝物だそうです。
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さて、足を先に進めると、信貴山朝護孫子寺の創立は聖徳太子のため馬上像がありました。
聖徳太子はこの信貴山近くの斑鳩の土地に住んでおり、元々ゆかりのある土地だったようです。


その馬上像の近くに、ゆかりのカヤの木がありました。


そして、本堂へと向かいます。


こちらは、朝護孫子寺の本堂になります。
戦国時代の織田信長松永久秀の居城信貴山城を攻めた際に焼け落ちてしまったそうで、豊臣秀吉またはその子秀頼によって再建されたそうです。


一日の決まった時刻には、読経が響き渡ります。ちょうどこの時秘仏公開がされていましたので、奥まで参拝することができ、そのまま読経を拝聴することができました。
そして、流派について作法など詳しく知らないのですが、経巻をバシンバシンと机に叩く過程もあってなかなか迫力もありました。そして、毘沙門天は戦いの神様であると同時に、商売の神さまでもありますので、様々なお店や会社名に対してお経が読まれていました。

また、この本堂の一階下には、“戒壇めぐり”という回廊を巡る参拝ができます。その回廊は光が一切入らないので、自分の手だけで暗闇の中を進むことになります。本当に光の有り難さがわかりました(^^) この回廊の途中には如意宝珠が納められている壇があります。そこの鍵に触ることで功徳が得られるそうです。如意宝珠は、寅丸星が持っている棒の先にある宝物ですよ(^^)


本堂から市街地を見た風景です。


こちらは寺領を眺めた風景になります。左上に、開山堂が見えています。

○霊宝館〜信貴山縁起絵巻

本堂のそばの霊宝館では、一月後半から二月中旬まで、国宝の信貴山縁起絵巻一巻の原本絵巻物が公開されていましたので見てきました。


館内には、信貴山縁起絵巻の一巻“飛倉の巻”の原本がありました。東方星蓮船の中でベースとなっている、飛倉伝説の出展になります。
チケットには、一巻の絵巻の一部があり、中央上部に“倉を乗せて浮かんでいる鉢”が見えます。


信貴山朝護孫子寺聖徳太子によって創建されたのですが戦乱などもあり次第に荒廃し一時期廃寺となっていました。そこに奈良東大寺で修行した命蓮上人が訪れ寺の再興を果たしたそうです。そのため中興の祖とされているそうです。
東方星蓮船作中の“弟様”と呼ばれているのは、命蓮上人がモデルになっているそうです。
この命蓮上人はかなりの修行を積んだ高僧しか使えない技である“飛ぶ鉢”を常に操っていたそうです。僧は鉢を持ちお布施を施してもらうため家々を回る修行がありますが、その鉢を空中に飛ばしてお布施をもらうという高位の作法のようです。
この空飛ぶ鉢を操って、お布施を頂いていたところ、現在の京都の長者があるとき忙しさのあまりお布施をすることを忘れ、鉢を倉に仕舞いこんでしまったそうです。ところが、その鉢は上人のところに戻ろうと、倉ごと飛び上がったそうです。
絵巻物では、現在の漫画にも劣らないように人々の驚いた表情が浮かんでいました(笑) 漫画の元祖は鳥獣戯画と言われますが、こちらも負けていないなーとかなり感心しました(^-^b


信貴山縁起絵巻の二巻三巻は復刻版が展示されていて、原本は奈良国立美術館に保管されているそうです。一巻も本来ならばそちらで保管されているのですが、特別に展示されていました。
霊宝館の前の売り場にて、信貴山縁起絵巻に関連する書籍も販売されていますので興味がある方は購入されてはいかがでしょうか? 一番シンプルなパンフレット(400円)でも十分見応えがありましたね(^^)
一般書籍では、“信貴山縁起絵巻〜躍動する絵に舌を巻く”がAmazonでも購入できます、こちらはちょっと高いです(^^; まずは参拝して、こちらも見学することをお勧めします。

信貴山縁起絵巻―躍動する絵に舌を巻く (アートセレクション)

信貴山縁起絵巻―躍動する絵に舌を巻く (アートセレクション)


他の宝物では、南北朝時代南朝武将楠木正成の兜、戦国大名武田信玄や、松永久秀の寄進状なども展示されていました。毘沙門天というと戦国大名上杉謙信が思い浮かぶのですが、武田信玄も武神を信仰していたのですね。
南北朝時代では、河内の武将楠木正成信貴山に信仰が厚かったそうです。天皇を崇拝し鎌倉幕府に反旗を翻し、幕府軍を物ともせず戦った赤坂千早城の戦いは有名ですね。


そうそう、霊宝館の入り口には、米俵を乗った鉢の上に狸くんの置物がありました。伝説を表しているわけですね:-)

○ 経堂

こちらは経堂になります。霊宝館のすぐそばにあります。


お経の入った車が中央に据えられており、これを回ることによって、お経を読んだのと同じように功徳を頂けるというありがたいものです。チベット仏教マニ車と同じ起源なのでしょうね。


ところが…一人では全然回りませんwww 二人でもダメで、三人がかりでやっと動き出すという非常に重いものでした。人生におけるお願い事というのは一人の頑張りだけでは得られず、複数人の周りの人の協力があってことなんだということを教えてもらった気がします。

○一願成就の空鉢護法堂への参道

飛倉伝説は遠い過去のことですが、現在でもその功徳にはすがることができます。信貴山の山頂に空鉢護法堂というお堂があり、そこに参拝することで一つの願いが必ず叶うそうです。
と言っても、必ず願うということはそれなりの参拝の覚悟が必要なわけです(^^;
朝護孫子寺本堂から空鉢護法堂がある山を見た風景になります。あの山の向こうにあります。参拝するのに二十分かかると書かれていました(^^;


こちらは別の角度から眺めた写真になります。写真の右下に本堂があり、左上に空鉢護法堂があります。あはは(^^;


ここまで来たのならば、参拝しないのはダメでしょう!と心に決め、一心に参道を登ります。
こちらは参道の入り口と、空鉢護法堂の由来について書かれた看板になります。


こちらの多宝塔までは全行程の一割も登っていませんので、ここで体調不良の方や、参拝に自信がなくなった方は引き返すことをお勧めします。


寄進された赤い鳥居をくぐっていきながら、参道をどんどん登っていきます。結構急な参道もありますので、ご自身のペースでお登り下さい。
参道が右へ左へと登っていくことになりますので、聖白蓮のスペル『聖尼公のエア巻物』を想起された方もおられたそうです。確かに納得、しんどいー(^_^;


ここまでくればあと少しです(^_^;;


到着しました、空鉢護法堂、です!!!


空鉢護法堂の前には、龍の化身の、とぐろを巻いた蛇を模した石像がありました。


龍王さんを“みーさん”とお呼びするのはまた面白いものですね(^^)
私も一願して参りました。


こちらは、お布施を頂く鉢ではなく線香を刺すところのですが、この鉢が飛んだという鉢に見えて仕方がありませんでしたw


こちらにも絵馬がありました。


ナズーリンの絵馬があるとは…主人の寅丸星の亡くした宝塔を探してここまで?w


こちらからの眺めはまた格別でした!こちらは東の奈良側になります。


こちらの写真は西の大阪側になります。


晴れ渡った空の下で、このような眺めを見ていると、星蓮船でも飛んでこないかな?と夢想してしまいます。少なくとも、先ほど見た絵馬のナズーリンがふらふらと飛倉の欠片や、宝塔を探してそうだなって思えましたw
こちらは、ナズーリンのテーマ曲小さな小さな賢将です:-)
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そうそう、戦国時代には、こちらの山頂には、日本三大梟雄の一人、戦国大名松永久秀の居城信貴山城がありました。主君暗殺、将軍暗殺、東大寺焼き討ちという三大悪を行ったとして有名である一方、茶を好む教養人の一面もあったり、善政を敷いていたため領民から慕われていたそうです。織田信長に謀反を起こした後に、名茶器平蜘蛛に爆薬を仕込んで、戦国時代では珍しい爆死したという凄惨な最後を遂げたそうです。信貴山城が陥落後、この空鉢護法堂が建立されたということです。


○千手院 三寅胎内くぐり


上から見るとこのようになっています。


中には祭壇が設けられていて祈りの場となっています。こちらは朝護孫子寺本堂の戒壇くぐりの途中に安置されている、如意宝珠の分霊されているそうです。その背面側には絵馬がたくさん掲げられていました。


その絵馬の中に、寅丸星の絵馬もさりげなく掲げられていましたよ(^^) 多くの絵馬の中にちょっと少数あるだけで、特に違和感もなく一人の祈りの絵馬となっていました。


絵馬を掲げるところは本堂までに他に二箇所あるのですが、この寅の中に寅丸星の絵馬があるのは納得できました:-)

○開山堂、命蓮上人塚

開山堂とは、信貴山にゆかりのある上人をまつったお堂になります。
福寅の手前から開山堂に登る石段があります。本堂に行かれた後でしたら、成福院から玉蔵院と歩いて、その先に開山堂に通じる道もあり、こちらは新たに登る必要もなく楽です(^^)


こちらが開山堂になります。中には僧が修行した洞窟を再現した壇上に、聖徳太子像、弘法大師像、命蓮上人像、歓算上人像が四方に安置されています。四国八十八ヶ所のお寺の砂を集め、その上に石畳を敷いた回廊もあります。こちらを歩くことで、同じ功徳が得られるのだそうです。


開山堂の後ろには、信貴山の中興の祖、命蓮上人の塚があります。



そして、そのりっぱな命蓮上人塚のそばに寄り添う形で、尼公(あまぎみ)の塚もあります。
信貴山縁起絵巻の第三巻に現れる、命蓮上人のお姉さんの尼公が、東方星蓮船聖白蓮のモデルになっています。作中では、人間も妖怪も平等に扱い救済しようとする聖人として描かれていました。自分の理想のために戦う姿や、BGM感情の摩天楼はとても感動的です。
東方Projectの中で、聖白蓮は唯一信仰を集めているカリスマのような気がします。ラストバトルの後の後日談の中では、人間や妖怪に慕われる姿が描かれていますね。巫女や神さまもいるのに、彼女らが信仰を集めることができないのは逆に分かる気がしますね^^;


さて、どうして絵巻では姉弟が再会し、共に仏門に励んだことになっているのに、お姉さんだけこのような小さな塚なのかは、古来の男尊女卑の風習のためこのような形になっているそうです。それでも、遠く信州(今の長野県)から愛すべき弟を探して奈良までやってきたお姉さんの思いを大切にして、寄り添うように塚が並んでいるのは当時としても革新的だったことではないでしょうか。


信貴山縁起絵巻の飛倉の巻で、倉の中の米俵は飛ぶ鉢に先導させて全て長者に返したのですが、倉だけはこちらに残したままにしたそうです。そして、命蓮上人と尼公とも亡くなってしまった後に、その倉も朽ち果て、その木片を近隣の住民はお守りとして持ち帰って末永く、上人にあやかったそうです。
作中で、メインシンボルとも言える、未確認飛行物体UFOみたいなものは、エンディングを全て見るとその謎がわかります。ナズーリンや雲居一輪&雲山が集めていた飛倉の木片に、封獣ぬえがいたずらで自分の分身を仕掛けることで、それを見た人にとって様々な形を変えるように正体不明にしていたそうです。なので、プレイヤキャラの三人は、“未確認飛行物体”=“UFO”という認識をしたためUFOと見えていたようですね:-)


最後の最後は、星蓮船の最終面の聖白蓮のテーマ曲“感情の摩天楼”を聞きたいですね。そのアレンジ曲“WHITE LOTUS...”(サークル Liz Triangle)が特に良いですね(^^) 切々と歌い上げています。
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○お土産

さて、開門橋近くにはお土産店があります。
奈良といえば、今は彼ですねw 一時期、だいぶ嫌われていたので、そのまま幻想入りしてしまうのかと思っていましたw


今ではゆるキャラの彼女もできて順風満帆ですね。年越しの際には、こちらの寺院の中でイベントもあったそうです。
というわけで、グッズもいろいろですw


しぎ寅関係もいろいろありましたよ(^^)


タイムカプセルもあったので、一願でお願いしたことを書いて、未来の貴方に叶ったかどうか手紙を送るのも面白いですね〜

○最後に

信貴山から南に目をやりますと、上空に飛行機が飛んでいました。航空路線に入っているようでずっと眺めていると何度か見かけました。飛倉伝説のこの地から見上げると、現代科学の結晶の一つが飛んでいるというのは面白く思えました。こちらは未確認飛行物体ではありませんが:-)


夕闇に包まれた信貴山も素敵です。灯火の中歩いて見ると、違った風景にも出会えると思います。宵闇時に歩くのも面白いですね。




特に今年2010年は寅年ですので、例年よりも参拝者が多いそうです。私も就職して以来大阪に住んでいながらこちらを参拝する機会がなかったのですが、東方星蓮船という作品のモデルに触れることで、伝説を知り参拝することになりました(^^)
是非良かったら参拝されて、昔々の伝説に思いを馳せてみてはいかがでしょうか:-)


あと、寺院は朝早くからお勤めがあり夕方は早く終わるので、参拝する際には早めの方がお勧めです。霊宝館の開館は16時までですし、開山堂は17時前に閉まってしまいますので(^^; 私が三度も参拝したのは午後からしか動けなかったので閉館してしまったりと涙を飲んだので(^^; なので、本文中の写真には天気が少しずつ異なっていますし、時間帯も微妙に異なるので夕焼け度合いも異なっています(^^;





■文章:Minkyこと、このブログの中の人
スペシャルサンクス:twitter知人/zapo_farmさん、higashikataさん、lovehayateさん
■参考資料:“毘沙門天王の総本山”、“月刊大和路ならら2010年一月号”、“信貴山縁起絵巻〜躍動する絵に舌を巻く”など
■履歴:
2/21:主だった写真のみ暫定掲載
2/22:寺院紹介のメイン文章追記。
2/23:主に星蓮船にコミットできるようにキャラ文章追加。キャラのイメージや雰囲気を掴んで頂くために原曲またはアレンジ作品のニコ動作品引用など。指摘分など修正〜 これで形になりほぼ完成♪
2/24:前文を追加。